「自分の力だけで生きてきた」そう思える時ほど、実は見えない誰かの支えがあるものです。植物が光と風に助けられて咲くように、私たちの人生も「縁」という繋がりで形作られています。今の道場が生まれるきっかけとなった、ある不思議な繋がりのお話をさせてください。
種だけでは花は咲かない
植物には「良い種」と「良い土」があれば、必ず美しい花が咲くでしょうか。 答えは「ノー」です。適切な日当たり、心地よい風、そして適度な気温……。そうした「周囲の環境」が整って初めて、種は花開くことができます。
人間の才能や成功も、これと同じです。 本人の素質(種)や努力(土)はもちろん大切ですが、それを開花させるのは、周りの方々のサポートや助言という**「縁(えん)」**なのです。
この道場も、一本の「縁」から始まった
名古屋高蔵道院が今の場所で活動できているのには、ある不思議な繋がりがありました。 それは、一人の先輩拳士が大家さん(長岡さん)と知り合いだった、という「縁」です。
もし、私とその先輩が仲違いをしていたら。 もし、先輩が大家さんと信頼関係を築けていなかったら。
今、私たちがこうして笑顔で修練に励んでいるこの場所は、存在しなかったかもしれません。誰か一人が糸を切っていたら、今の名古屋高蔵道院の輪は繋がらなかったのです。


あなたが選んだ「縁」が、未来のあなたを作る
仏教には「因果応報(いんがおうほう)」という言葉があります。 良い行いをすれば良い結果が、悪い行いをすれば悪い結果が返ってくる。 これは単なるバチが当たる・当たらないの話ではなく、**「どんな縁を結んできたか」**という結果の現れです。
もし先輩拳士が、日頃から周りに嫌われるような行動をしていたら、大屋さんは大切な場所を貸してはくれなかったでしょう。仮に借りられたとしても、ギスギスした「悪い縁」の環境では、今のようになごやかな道院にはなっていなかったはずです。
良い縁を繋げる人は、日頃から他人を思いやり、誠実に生きています。 その「因(日々の行い)」が「縁(人との繋がり)」を呼び寄せ、「果(素晴らしい環境)」という花を咲かせるのです。
共に「良い縁」を広げていきませんか
私たちは、自分一人の力で生きているのではありません。 無数の「縁」の繋がりの中で生かされています。
少林寺拳法の修練は、自分を磨くだけでなく、他人を大切にする心を養う時間でもあります。 自分から良い縁を紡ぎ、その輪を広げていく。 そうして出来上がった良い環境は、必ずあなた自身を幸せにしてくれます。
名古屋高蔵道院というこの場所が、あなたにとっての「新しい良い縁」の始まりになることを願っています。
