「お前の覚悟は本物か?」――道院長となり6年、古巣に帰って時師匠が私に授けたのは、意外にも入門したての頃に習う「基本」でした。静寂の中、突きつけられた師匠の眼差し。10分間の天地拳に込められた、言葉を超えた無言の教えと、師弟の絆を綴ります。

師匠・林清嗣先生とのこと
私には、高校時代から仰いでいる師匠がいます。本山の山門衆(さんもんしゅう)であられた林清嗣先生です。
先生は時に厳しく、時に温かく、私が進むべき道を常に示してくださいました。
覚悟を問われた「道院開設」の日
名古屋高蔵道院を開設することを報告した際、先生は私にこう問いかけました。
「楽しいこと、嬉しいこともあるが、大変なこともある。お前にその覚悟はあるか」
その言葉に身が引き締まる思いで「はい、あります」と答えた私に、先生は短く「そうか!」と一言。その力強い言葉に支えられ、私は道院長として歩み出し、気づけば6年の月日が流れていました。
「道院」という場所の意味
ある時、私が「最近、なかなか本山へ帰れていないのです」と漏らしたことがありました。すると先生は、こう仰ってくださいました。
「お前の山は、ここ(道院)にもある。たまには帰ってこい」
この言葉を聞いた瞬間、私は改めて「道院」という場所の真意に気づかされました。私もまた、拳士たちにとって「何かあったときに帰れる場所」でありたい――そう強く心に刻んだのです。

基本練習に込められた「無言の教え」
その後、古巣である京都鴨川道院へ顔を出した時のことです。
「少し、練習するか」と声をかけられ、私は「何か新しい技術を教えていただけるのか」と期待に胸を膨らませました。しかし、先生が指示されたのは、入門してすぐに習う**「天地拳第一系」**でした。
基本だからと、どこか軽く考えていたのかもしれません。しかし、構えた瞬間に空気が一変しました。目の前には、一切の隙を見せず、真剣な眼差しで私の隙を伺う林先生の姿がありました。
時間にしてわずか10分ほどだったでしょうか。汗だくになりながら駆け抜けたその時間は、何物にも代えがたい充実したひとときでした。
忘れられない眼差しを胸に
道院を離れて長い年月が経ち、私自身も道院長となりました。先生はあの基本練習を通じて、私の「今の覚悟」を試してくださったのだと思います。
あの時の先生の構え、そして鋭いまなざしは、今も脳裏に焼き付いて離れません。きっとこれから先、少林寺拳法を続けていく限り、忘れることはないでしょう。
今年もまた、先生と練習できる日を楽しみにしています。私も先生のように、優しさの中に揺るぎない厳しさを秘めた指導者を目指して、精進していきたいと思います。

