少林寺拳法を象徴する言葉に**「守主攻従(しゅしゅこうじゅう)」**があります。
文字通り「守りを主(メイン)とし、攻めは従(サブ)とする」という考え方ですが、これは決して「弱気」という意味ではありません。
今回は、なぜ守りが先なのか、その本当の意味をわかりやすく紐解いていきましょう。
1. 「守主攻従」の言葉の意味
「守主攻従」とは、**「まず守り、そこから反撃が始まる」**という技の組み立て方のことです。
• 守主(しゅしゅ): 相手の攻撃をしっかり防ぐ、またはかわして自分の身の安全を確保すること。
• 攻従(こうじゅう): 守った直後に、相手を制圧するための必要最小限の反撃を行うこと。
自分から先に手を出して相手を傷つけるのではなく、あくまで「降りかかる火の粉を払う」というスタンスが基本です。

2. なぜ「守り」から入るのが最強なのか?
「先に攻撃したほうが有利では?」と思うかもしれません。しかし、少林寺拳法では守りから入ることには大きなメリットがあると考えています。
• 相手の隙(しき)が見える: 相手が攻撃を仕掛けてきた瞬間は、必ずどこかに隙が生まれます。その隙を突くことで、小さな力でも大きな相手を制することが可能になります。
• 心理的な優位: 相手の渾身の攻撃をひらりと回避することで、相手は「当たらない!」と焦ります。冷静な守りは、相手の戦意を挫くことにも繋がります。
• 正当防衛の理: むやみに攻撃せず、身を守ることを優先する姿勢は、護身の精神そのものです。
3. 日常生活に活きる「守主攻従」の精神
この教えは、道場を一歩出たあとの人生でも役立ちます。
例えば、誰かに心ない言葉を言われたり、厳しい意見をぶつけられたりした時。
すぐにかっとなって言い返す(攻撃する)のではなく、まずは相手の言葉を一度受け止め、冷静に状況を判断する(守る)。その上で、問題を解決するために必要な言葉だけを返す(従)。
「争いを大きくせず、自分も相手も大切にする」
この守主攻従の精神こそが、本当の意味での「心の強さ」ではないでしょうか。
まとめ
「守主攻従」は、自分を律し、平和的に問題を解決するための知恵です。少林寺拳法は、ただ強くなるための手段ではなく、こうした教えを通じて「頼りになる自分」を作る場所でもあります。

